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 世界は騙されているッ!!
 平穏な日常、平和な世界。それがこの時代で日本という国に生まれた者の”常識”。
 だが、その”常識”が偽りの物であったら?
 これは、”常識”の裏側で戦う少年少女達の”真実”の記憶……の奥で綴られるもう一つの”真実”。

 SILVER RAIN PROJECT
  Rough Sweeper Sargat
   『裏の裏は面に非ず』

 レッツ、イグニッション!



 荒事処理屋サーゲイト。昼頃の応接室の出来事である。
「お願いします。うちの子は不良なんかじゃないんです」
「はい、判りました。最善を尽くしましょう」
 そこには二人の女性が居た。片方は所長のルルティアである。腰ほどまで長く伸ばした艶のある黒髪が印象的な少女――に見えるが実は成人している。
 もう片方は行方不明になった息子を心配して警察へ行方不明者届けを出すも、いまいち真面目に取り合ってはもらえず――警察は家で少年を捜すほど暇ではないらしい――藁にもすがる思いでこの怪しい探偵屋へと以来を持ち込んだ訳だ。報酬の話が出てこない辺り、期待はできない。
 話したい事を話すだけ話すと、中年女性は事務所を去っていった。恐らく、もう一度警察へ駄弁りに行くのだろう――十中八九自分で探す気は無い。
「やれやれ、どいつもコイツも似たような事しか言わないのう……」
 一方のルルティアも――このいつも強気の少女にしては珍しく、少し疲れた感じでぼやく。
 淹れたてのコーヒーと共に現れた副所長のメルティアは、所長である少女に話しかける――その理由を。
「これで5件目ですね」
 メルティアは白く輝くショートカットの銀髪が印象的な少女――なのだが、静かな物腰と豊満な胸のせいか彼女はやや年上のように見える。しかも、彼女はとある理由により肌の多くを晒してデニム生地のビキニのような格好をしているので身長的には小柄な少女でありながら大人の女性のような印象を与えている。
「うむ……まあ、これは本腰を入れる必要があるな」
 ここ最近若者の行方不明者が多いらしい。それはこのどう見ても成人に見えない少女が所長を勤めている怪しい探偵社紛いの所へ五件も持ち込まれているという事実を見れば明らかだ。
 しかし、残念ながら彼女達のスポンサーである所の銀誓館学院も詳しいことは教えてくれない。と、言うか銀誓館学院は別件で忙しいらしく――まあ、いつでも忙しそうではあるのだが――事実上、この件はサーゲイトの二人に預けるつもりのようだ。


 世界は騙されている。
 700年前、超常の存在を放逐する事で得た偽りの平和。
 しかし、その平和に綻びが生じた。
 降り注いだ”銀の雨”が超常の存在である”ゴースト”を呼び起こし、平和な世界に喰らいつこうとしていた。
 だが、それを止める者がいた。
 ”能力者”と言う超常の力を得た少年少女達――そして、それを支える大人達の作った銀誓館学院と言う存在である。
 偽りの平和を守るため、彼らは戦い続けている。

 そんな、超常戦争の第一線の少年少女達から一歩離れた場所に居るのが彼女達、荒事処理屋サーゲイトである。
 銀誓館の主戦力は学生、というある種の欠点を抱えている。年の若い彼らでは介入の難しい事件や、学生には社会的に不適切である事件なんかを取り扱うのが銀誓館学院の卒業生であるルルティア・サーゲイトとその弟子であるメルティア・サーゲイトの仕事だ。


「山本組をあたってみる」
 ルルティアは立ち上がり、戸口へ向かって歩き出す。
「了解。お気をつけて」
 メルティアは丁寧な一礼で師匠を送り出した。


 山本組。とある事件の折にサーゲイトの付近のシマを手に入れた暴力団である。その事件に大きく関わったのがサーゲイトであり、実は銀誓館学院のスポンサーの一角である。
 ルルティアは大きな門に付けられた人間用の扉の近くにあるインターホンを鳴らした。
 扉が内側から開き、ガラの悪い男が現れる。
「なんだこのガキは……ここはガキの遊び場じゃねぇぞ!」
 男は凄みを入れて言ったがルルティアは動じず無言で睨み返した。
 すると、男は一歩後ずさった。本能的に目の前にいる相手の力量を悟ったのだろう。しかし、男は自分の勘を信じる事ができず、
「なにガンつけとんじゃオラァ!」
 ルルティアに殴りかかった。
 ルルティアはその腕を掴み、無造作に放り投げる。宙を舞った男は地面に叩きつけられ動かなくなった。どうやら受け身を取るくらいは出来るようなので致命傷には至っていない。
 騒動を聞きつけたらしく、強面の男が出てくる。そして入り口の惨状を見るなり大声を上げて怒鳴りつけた。
「ナニしとんじゃワレェ!」
「あ、アニキ! こいつ、只者じゃ」
 起き上がったガラの悪い男は強面の男に助けを求めたが、帰ってきたのは怒号だった。
「このタラズ! ワレに言うとるんじゃ! 先生に失礼じゃろうが!!」
「せ、先生!?」
 強面の男はルルティアに頭を下げて謝罪した。
「申し訳ねぇ先生! うちの若いのが」
「……なに、よくある事じゃ。妾は気にしてはおらぬ。それよりも」
 ルルティアは平然と答えた。実際、少女という形容がふさわしい彼女にはこの手のトラブルはよくある事である。
 ルルティアは先程投げ飛ばした男に顔を向けた。
「お主、力量を察したのは褒めてやろう。次は適切に対処する事じゃな」
 などと、軽くアドバイスを出来る程だ。
「こ、この方は一体……?」
「よく覚えとけよ。このお方は佐川縷々先生。組長にも縁がある相談役じゃ」
 それ、偽名じゃがな。ルルティアは自分の名前を短縮してもじった世間での通り名を聞いてそんな事を考えていた。

「うちの若いのが迷惑をかけたようで申し訳ない」
「かまわぬといっておろうに。このなりだとこの手のトラブルは絶えんからのう」
 ルルティアは山本組の客室に通された。純和風の任侠映画に出てきそうな部屋だが、少女の存在が明らかに浮いている。しかし、その場に居る二人は全く気にしていないようだった。
 ルルティアの目の前に居るのは山本組の若頭で、このシマを束ねている実力者だ。
「そうですね。先生は今日もお美しい」
 だが、この若頭はそんな凄みを感じさせない。カタギには手を出さないのが真の任侠という物だ。
「ふっ……世辞と分かっていても面と向かって言われると照れるな」
「……いや、それが本気で先生に惚れ込んでる奴らがいるらしくて組の中でファンクラブが……」
「……マジか」
 それだけでもないらしい。
「以外に和服が似合うんじゃないかとか、やっぱゴスロリだとか、制服姿が見たかったとか……」
「……詳しいな」
 ルルティアの訝しげな目線に気付き、若頭の男は頭を下げる。
「……失礼しやした。今の話は忘れてくだせぇ」
 本当にこのシマを束ねている若頭かと疑いたくなる姿だが、残念ながら事実である。
「まあ、好かれるのは悪くないので構わぬが……まさか、こんな所に隠れファンがいるとは流石の妾も予想外だった……もう少し顔を出す回数を増やしてやろうか?」
「先生ならいつでも大歓迎です」
 さらっと言ったが、先ほどのようにするすると二の句が出てくる事はない。反省しているようである。
「うむ、善処しよう。さて、その前に仕事の話がしたいのだが……」
「へい。本日はどのようなご用件で?」
「……こいつらを知らぬか?」
 ルルティアは持ってきた写真付きのプロフィールを出した。行方不明の若者の物でサーゲイトで受けたものは勿論、メルティアが調べ上げたそれ以外の若者の行方不明者も含まれている。
 若頭はそれを一枚一枚丁寧に目を通しながら答えた。
「見覚えのある奴は居ますね。ゾクやってる奴ですよ」
「ふむ……こいつ等は全員行方不明になっている奴らでな」
「先生が動くって事は、もしや?」
 予測はしていたのか、若頭の男の目が鋭くなる。睨んで居る訳ではない。しかし、相手によっては竦み上がらせる程の鋭い眼光だ。若頭は伊達じゃない。
「うむ、その可能性も考えている」
「そいつはマズいですね。コイツを借りていいですか?」
「ああ、頼む」
 ルルティアから預かった資料を手に、若頭は席を立った。


「お待たせしやした」
 む、このお茶はなかなか高そうだな。さて、いくら位の代物なのか……などとどうでもいい事を考え始めた辺りで若頭が戻ってきた。
「首尾は?」
「先生にご満足いただけるかと」
 若頭は手にしていた地図を広げた。その中に赤い丸で囲まれた建物がある。
「このアパートに問題のガキ共が出入りしている所を見た奴が何人かいやした」
「ふむ……このアパートだな? 分かった。ついでにもう一つ頼まれてくれるか?」
「人払いと事後処理ですね? 分かりやした。今夜踏み込む気ですかい?」
「うむ……その方がよさそうだ」
「先生、お気をつけて」
 やけに軽く引き受けてくれる若頭の態度にふと疑問を感じたルルティアはそれを口に出してみた。
「聞き入れが良すぎないか? これで何も出なかったらそっちの面子をつぶす事になりかねんぞ?」
 若頭は予想していなかったルルティアの言葉に目線を落として答えた。
「わしは見た事があるんです……ゴーストって奴を」
「……!」
 成程な、とルルティアはその一言だけで納得したが続きがありそうなので黙って聞くことにした。
「あれは化け物でした。わしがこうして生きていられるのはその時犠牲になったアニキと、駆けつけた銀誓館のガキ共のお陰だったんです。情けねぇ事にわしは敵いもしねぇ化け物に突っ込んで……」
 それは、先程門の前で起きた小さな事件を思い起こされる話だった。
「……すまぬな、悪い事を思い出させたようじゃ」
 余計な事を聞いたか、と思って謝るルルティアだが若頭は語りを続けた。
「いえ、わしはいつも肝に銘じてるんです。わしには、わしの役割があると。わしらはお天道様の光を受ける事ができない日陰者。でも拾ってくれた組長や育ててくれたアニキに面合わせられねぇような事はしたくねぇ」
 伏せていた目を、再びルルティアに向ける。その、睨んでいるのとは違う凄みを感じさせる視線を。
「悔しいが、ゴーストにはわしらが何人束になっても敵わない。でも、だからと言ってガキ共に全部まかせっきりにするなんて大人として情けねぇ事はできねぇんです。だから、わしらはあの化け物と戦うための負担を少しでも減らしてやりたい……それだけなんですわ」
 男の本心を聞いて、ルルティアは感心したように言った。
「……その気持ち、いつか伝わる時が来れば良いな」
「表には出られねぇのが俺らです。そんな事は期待しちゃしませんよ」
「それは……どうかな? 子供だからと甘く見ないほうが良いぞ」
 ルルティアが、嗤った。
 それは明らかに笑顔でありながら、威圧感を与える視線だ。ルビーの様な煌きを湛える紅瞳はこの少女の、少女の姿をしたモノの片鱗を覗かせる……僅かながら、若頭を務めている男を気押す程度の。
「……肝に銘じておきやすよ。連中の存在を表に出しちゃいけねぇ……奴らの存在を知っている奴は最小限に止めなきゃならねぇ。まあ、それでもめる事もありやすがね」
「そうだな。子供任せでは我々大人の面子が立たぬというもの……直接刃を交えるだけが戦いではない」
 ルルティアはそう言って席を立った。
「では、大人の面子を守りに行くとしよう」
「先生、お気をつけて」
 若頭は最後に一礼してルルティアを見送った。


 深夜。教えられたアパートの一室の前にルルティアとメルティアの姿があった。
「内部の様子ははっきりしました。15畳のワンルームに捜査対象となっている少年を含め未成年と思われる少年が21名」
 メルティアが壁から手を離すと、静電気のような弾ける音がした。
 壁の一部を分解、再構成してカメラを作り室内の様子を探る。メルティアの体内にあるナノマシン精製機によって作られる諜報用ナノマシンの一種だ。


 メルティア・サーゲイトは人造人間である。そして、ルルティア・サーゲイトと同様にこの世界の出身ではない。高度な科学力によって造られた彼女は機械のような冷静さと、人間の激情を併せ持つ。その真価は心臓付近に存在するナノマシン製造機から作られる、文字通りナノサイズの機械によって自らの肉体を含めた様々な物を分解、再構成する能力にある。
 マシンとは言ってもメルティアのそれは金属製ではない。メルティアの肉体と同じく血と肉で出来ている。そのため、機械というより生物と言ったほうが分かりやすい。メルティアの脳はこれを操る信号を発信する事ができる能力があるが、彼女の体その物は普通の人間と大差無い。


「それと、性別不明の遺体が6体ほど……恐らく、ゴースト化はしていないものと思われます」
「つまり、喰った奴がいるという事じゃな」
「間違いないでしょう」
「それと――」
 メルティアは、ルルティアと同じ紅瞳を曇らせて、しかし口調は変えずに言った。
「恐らく十代後半と思われる少女が一人、裸身で捕らわれています」
「……玩具、と言う訳か?」
 ルルティアの表情に若干の険悪が混ざる。そういう現場に立ち会ったことが無い訳ではないがやはり女性としては嫌悪感を感じずにはいられないのだろう。
 そして、それはメルティアも同じだ。メルティアは人造人間だが人間に隷属する為に作られた物ではなく、共に歩むべきパートナーとして生まれた者だ。その彼女のあり方を否定する行為は彼女にとって嫌悪感と、傍目には分からないが激しい怒りを生じさせる。
「開錠はしておきました。踏み込みますか?」
「うむ……所で、さっきから気になっていたのじゃがソレはなんじゃ?」 
 ソレ、とはメルティアの左手に収まっているゴムボールのような物である。テニスのようなしっかりとしたボールではなく、大きさ的にも縁日の水風船に似ていて落とすだけで割れてしまいそうだ。
「これはスモークグレネードです」
 メルティアは一切の淀みも無く言い切った。
「……そうか」
 まあ、メルティアは冗談を言うタイプでは無いので彼女がこれは手榴弾だと言えばそれは間違いなく手榴弾なのだろう、多分。
「……行くぞ」
「了解」
 二人の少女はそれぞれのカードを取り出し、開戦の言葉を紡いだ。
「「イグニッション!」」


 ”イグニッション”
 それは開戦の狼煙。銀誓館学院のみが持ち、普段は封印されている超常の力を発動させる為の”切り札”。


 まるで、金属の扉に鈍器を打ち付けたような音がした。ドアは、まるでそこにおいてあっただけの鉄板のようにそのまま室内に倒れこんでもう一度けたたましい音を鳴らした。
 すかさず、薄暗い室内に白いボールのようなものが投げ込まれる。それは薄いゴムボールのような見掛け通りにあっさりと破裂して中の液体を撒き散らした。
 するとその液体は急速に蒸発し、白い煙となって室内を蹂躙する。
「成程、確かにスモークグレネードじゃな」
 部屋に居た男たちの反応は綺麗に二通りに分かれた。
 目と鼻を覆って咽ながらうずくまる者と、何も感じていない者。即ち、人間とゴーストに。
 イグニッションした能力者やゴーストにはこの手の小細工は意味を成さない。それを逆に利用して人間だけを行動不能にしたのだ。
 生ける屍と化した男達は全くひるむ様子も無くナイフやバール、ピックにムチなどの武器を手にして身構える。
「後は蹂躙するだけか。全く、便利な弟子を持つと楽でよい」
「せめて有能と言ってください」


 ルルティアが背から白刃を抜き放つ。彼女の得物にして相棒、大鎌”凶鳥の翼”だ。
 ルルティアは地を蹴り、一気に踏み込む。一人の胴にその刃を食い込ませ、そのまま横に凪ぐ。刃を翻し、柄で頭部を打ち据え、首を刎ねる。
 射程で勝る長柄武器は広い空間であればナイフなどの小型武器では極めて優位に立てる。しかし、狭い室内であればその立場は逆転し、自由に振り回せない長柄武器、しかも突くのではなく斬る武器であればなおさら不利になる。
 だがそれは”常識”の枠にはまっている世界の話。能力者とゴーストという超常の存在にはその一般的な常識は当てはまらない。
 ルルティアは縦に、横に、上から、跳ね上げる様に、翻りながら、その白刃を自由自在に操る。その洗練された動きはまるで華麗に踊っているように見える。
 それこそがルルティアの戦術。戦場に自ら流れを作り出し、敵をその流れの中に取り込み、斬る。対峙した相手は操られる様に踊り、殺陣の様に散る。違いは、これが紛れも無い実戦であり、散らされた者はその幕が下りても起き上がることは無いと言う事。
「温いな……この程度では喰い足りぬわ」
 人間に雑じっていた数体の化け物は、数十秒で沈黙した。


 一方のメルティアも何もしていなかった訳ではない。うずくまっている人間に指先からミクロ単位の弾頭を打ち込む。
 これは撃ち込まれた人間の血管に入り込み、ナノマシンを送り込む為の弾だ。血管内に進入したナノマシンは血流に乗って素早く脳へ進入し、強制的に休眠状態に陥れる。薬物による麻酔とは異なり相手のサイズに関わらず血管までたどり着きさえすれば確実に対象を殺す事も無く休眠状態にする事ができる。最も、これもゴーストや能力者といった超常の存在には効果が無い。
 これは拳銃のような弾、では無くナノマシンを積んだロケットと表現した方が正しい。実際、打ち出される弾の半分は推進力に使われている。これは対象まで精確にたどり着き、射程距離を伸ばすためだ。
 ナノマシン精製機とは言っても一瞬で無数に作る事はできない。その為、こういった工夫が必要になる訳だ。
 一見すれば人差指を伸ばし、親指を立てて他の指を握ったピストルの形を作り、遊んでいる様にしか見えない。だが彼女は自らの武器を抜く事すらしていない。彼女の戦闘は静かに、着実に進行する。
 そしてゴーストも人間も動かなくなった。


 メルティアは倒れた男達を踏みつけて、捕らわれていた少女に駆け寄った。冷静沈着な彼女にしては珍しい、それだけに自らの存在を、尊厳を踏みにじるような行為に内心相当な怒りを感じていたのだろう。
「大丈夫ですか?」
 メルティアはすぐさま治療用のナノマシンを彼女の体内に送り込もうとして、気がついた。
「――ッ!?」
 彼女たちは、あるとんでもない勘違いをしていたのだ。


 メルティアの背中から数匹の蛇が生えた。
 正しくは、少女の皮膚を突き破って現れた蛇がメルティアの体内を食い破って突き抜けた。
「メルッ!!」
 素早く反応したルルティアが大鎌を放して駆け寄った。両手でメルティアを引き剥がし、力任せに入り口に向かって放り投げた。荒っぽいようだがそれが一番確実に素早く彼女を危機から遠ざける方法だとルルティアは判断した。
 不意を突かれたとはいえ、急所をあっさり抜かれる訳は無い。能力者という者は常人よりかなり頑丈であり、しかも現代医学を遥かに上回る治療技術であるナノマシンテクノロジーを有したメルティアであれば致命傷にはならない、その筈だ。
 そう考えて、ルルティアは心を落ち着かせる。そう、一瞬ではあったがルルティアは動揺していて、それは目の前のゴーストにとっては絶好のチャンスであった。
 素早く伸びた”蛇”が、ルルティアの大鎌を遠くへと弾き飛ばす。
「ッ!」
 自らの失態に気づいた時には、既に素早く伸びた蛇によって四肢を拘束され、目の前の少女と同じように吊るされていた。
「私の……ご主人様……」
 その少女が始めて口を開いた。体中を汚され、口内まで汚濁されているにもかかわらず、少女に衰弱した様子はなかった。
 今思えば、彼女をもっと疑うべきだった。感情に流され、真実を見誤り弟子に深手を負わせる事になったルルティアは自らの失敗を悔いた。
 だが、目の前のゴーストはメルティアのように攻撃したりはせず、無傷で拘束している。
 それは殺意が無いと言う事の証明。そして、それ以上の屈辱を与えようとしている事である証明。


 ゴーストは幾つかのタイプに区分けする事ができる。
 ”リリス”はその中の一つで、激しい快楽と恍惚の内に死んだ女性の残留思念が、シルバーレインの力を得てゴースト化したものだ。人間の女性の姿をそのまま残している本体は、同じゴーストでも血肉を喰らう動く死体――先程ルルティアによって蹂躙された”リビングデット”以下のパワーしかない。
 しかし、リリスの操る”蛇”はそれを超えるパワーを持つ事も珍しくない――このルルティアの目の前に居るリリスのように。
「折角集めた……私のご主人様達……みんな壊した……許さない……」
 怨霊のように呟く少女。その四肢を拘束している鎖から”自縛霊”と取れなくも無いが”蛇”を操り、男達を誘惑して搾取していたであろう事からこの少女がゴースト――その中でも最も一般人に成り済ます事が得意な、性質の悪い”リリス”である事は間違いない。
「捕らわれていたのはお主ではなく、この男共の方だったか……」
「違う……私は捕らわれた奴隷……ご奉仕するのが……私の喜び……」
「ふん、被害者面しようと言う事か? ならこの拘束は何のためだ」
 ルルティアは言葉で意識を逸らしながら拘束を解こうとするが、強力な蛇の締め付けは全く緩む様子は無く――寧ろ、抵抗するほど強く締め付けてくる。
「教えてあげる……最高の幸せ……隷属する……喜び……汚され……犯される……幸せ……」
「そんな倒錯の先の幸福なぞ一生知らずともいい! この真性ドM女がッ!!」
「大丈夫……すぐ……いい声で鳴くようになる……」
 リリスが搾取する相手は別に男性である必要は無い。それどころか能力者は一般人とは比べ物にならない程美味しい獲物である。殺すよりじっくりと搾取した方が魅力的なのだ。
「さっきの子も……一緒に……墜としてあげる……」
 俯き、表情を見せていなかったリリスが僅かに微笑んだ。
 能力者といえど、詠唱兵器無しではゴーストに太刀打ちできない。
 しかも、頼みの詠唱兵器である大鎌は遠くに飛ばされ、四肢の拘束は硬く、助けに来る仲間もいない。
「まずは……その良く動く口を……」
「その前に一つ聞かせてくれ」
 だが、ルルティアはこの状況でも平静を取り戻して言った。

「お前は、何人の男を喰らった?」

「何を聞くかと……思えば……」
 今度は分かりやすく、唇を吊り上げた。
 
「そんなの……覚えてる訳……無いじゃない?」

「ふむ、男共にとってはなんとも悲しいセリフじゃな」
 ルルティアは意趣返しとばかりに嗤いながら言った。
「良かろう。お前を我が敵と認め相応の力を持って殲滅する」
 すぱっと、実にあっけなくルルティアを拘束していた蛇は切断された――ルルティアの長く伸びる黒髪によって。まるで蛇を操るリリスと同じように髪を操り、硬質化して切り裂いた。
「!」
「破邪顕正……」
 一瞬の動揺。それはルルティアにとってこのゴーストを滅するには十分な隙であった。
「命糾斬魔刃ッ!!」
 ルルティアは背中から大鎌を抜き放ち、白く輝く”闘気”乗せて一閃した。
「そんな……卑怯……」
「二本目の鎌があった事か? 妾が髪を操れた事か? どちらにせよ殺せる時に殺さなかったお主が甘かっただけじゃ」
 リリスは縦に両断され、破邪の闘気によって白い粒子となって消えた。残された彼女を拘束していた鎖が落ち、じゃらりと音を鳴らして全ては消え去った。


 ルルティア・サーゲイトはこの世界の人間ではない。
 あらゆる物を破壊する”闘気”を操る”狂戦士”(デストロイヤー)であり、内に宿したキマイラの因子によって肉体の一部を変形、変質させる”キマイラ”である。
 彼女の生まれたランドアースには超常の力を当然のように操る”冒険者”が存在し、彼女もその一人だった。だが、冒険者の強靭なパワーの源は”グリモア”と呼ばれる結晶体であり違う世界に居るルルティアには届かない……筈だった。だが、結果的にルルティアには”冒険者”の力と、グリモアを奪われた冒険者の成れ果てである筈の”モンスター”の力が宿っている。最も、”モンスター”の力は完全ではなく”キマイラ”と呼ばれる中間的な物だ。
 そのどちらも彼女の生まれたランドアースでは取り立てて珍しい物ではないが、この”シルバーレインの降り注いだ地球”においては”能力者”と同等以上の能力となる。最も普段はイグニッションカードによって力の大半を封印しているのだが。


「やれやれ、こんな手に引っかかるとは妾もまだまだであるな」
 ルルティアはそう言い残してこの場を去った……自嘲気味に嗤いながら。


「と、言う事件があったのだ」
「コイツはずるいぜおい。何で私たちを呼ばなかったんだよ」
 次の日、荒事処理屋サーゲイトの居間で事の経緯を能力者仲間である宮藤恋華、宮藤愛華の二人に語るルルティアの姿があった。
「あほう。小中学生をそんなアダルティーな現場に連れて行けるか。R指定じゃ」
「私は一応、中学生なのですが――」
 メルティアが珈琲を出しながらそう呟いた。
「大丈夫だ。純正の人間でなければ18歳未満でも問題ない」
「何処の基準だそれは」
「うーん、リリスの考える事はよく分からないな」
 妹と違ってこっちの姉は事件の内容が良く理解できていないようだ。
「見ろ、アレが清く正しい学生の反応じゃ」
 びしっと、何も考えてなさそうな――実際、何も考えていない恋華の姉を指差してルルティアは言い放った。
「……いや、姉貴基準はおかしいと思うぜ……」
 が、いつもの事なので恋華は軽くツッコミを入れる程度に留まる。
「ま、これで一件落着ね!」
 ぽん、と手を合わせて事件に全く関わってない癖に勝手に終了宣言をする愛華。
「うむ」
 いつもの事なのでルルティアは一つ頷いてスルーした。
「って言うかメルは大丈夫なのか?」
「戦闘行動には支障がありますが、事務を行う分には問題ありません」
 胸を貫かれて重傷をおっている筈のメルティアは平然と言った。一見、なんの影響も無い様に見えるのだが――ナノマシンを体外に放出する都合上、肌の多くを晒しているメルティアにしては珍しく厚着をしている。と、言ってもただの銀誓館の制服なのだが。
 しかし、小学生としては少々――というか、普段はかなり自己主張の激しい胸が平坦になっているお陰か普段は”ある種犯罪的”とまで言われる制服姿もそれほど違和感が無い――と、言うか似合っている。
 実は、普段はそこにナノマシンを貯蔵しているらしい。今は全部治療に回しているので平坦になっているいう訳だ。
 全く関係ないが、成人にしてはルルティアの胸は自己主張に乏しい。まあ、元々小柄な体型なので全く違和感はないのだが。
「――しかし、怪我人に働かせるのはどうなのかと思います」
「む……仕方なかろう! 妾はインスタントしか作れん!」
 ルルティアは意外と味にうるさかった。
「あー、まあメルの味はインスタントとは別物だからな……」
「お褒めに預かり光栄です」
「確かに、一回これを飲んじまうとインスタントが嫌に不味くなるぜ」
 と、言うよりメルティアの腕が小学生にも分かる程度に上手いだけなのかもしれない。
「まあ、能力者のお約束として全治五日だ」
「だから、何処の基準なんだそれは」


 全ての行方不明者が生還した訳ではない。しかし、生きて帰れた人間は自分の犯した罪の重さを感じているのだろう……最も、元凶はゴーストなのだが。
 彼らを裁く者はいない。被害者が実は加害者であった事など知る由もなく、警察がこの事件を知る事も無い。証拠は山本組と銀誓館が綺麗さっぱり消してしまったのであの場所に戻ったとしても何の変哲も無いドアがあるだけだ。
 それでも、彼らが罪の意識と恐怖を覚えて、少しでも真面目になってくれれば……なんて事は考えない。ルルティアはそんな事は知ったこっちゃ無いのだ。
 まあ、折角救った命なので少しは大事にして欲しい、位は考えているかもしれないが。
「ふむ……別な世界に居てもこの味が楽しめるように妾も少しは腕を磨くべきか」
 ルルティアの薄い笑みの裏の本心を知る者は居ない。
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